白 雨 の 朝


「俺はさ、八戒にとって何なの?」

煙草の煙を天に向けながら言った。

悟浄が目も合わせずに語る事は稀で、八戒の心は何時もその熱い瞳に燃やし尽くされてしまう。

「え?何ですか?」
問い返す八戒は、見つめられる事を欲したのだが、それも無常な願いだったと直ぐに悟った。
西へ向かう途中、未だ支度の済まない三蔵と悟空を待つジープの上、いつもの日常に潜んだ非日常的な悟浄の台詞は、その後いくら待っても連結は見せず、その後を追う八戒の言葉も無いままだった。
相変わらずに空を眺める悟浄と、情勢を観望する八戒。
二人を乗せて静かに佇んでいたジープが、小さくきゅう、と鳴いた。

「ジープ、どうしました?気分でも悪いですか?」

八戒の手の平が優しく撫でると、もう一度ジープの鳴声が聞こえ、次には悟浄も声を掛ける。

「どした?毎日走って疲れたか?」
「悟浄…」
「何?」
「ジープの事、嫌いじゃなかったんですか?」
「嫌いなんて言ってネェよ。ムカつくって言っただけ」
「何故、ジープを?」
「いっつもお前にくっ付いてるから」

その時だけ僅かに合わせられた悟浄の視線は、直ぐに外されて、満目の白雲へと注がれる。
音も立てずに緩やかに形を変え流れて往く先には、何が待っているだろう。

「悟浄は僕にとって空の様な人です」

不意に告げられた言葉に、悟浄は喫驚の表情を向けた。
微笑む八戒の辺には陽射しが真っ直ぐに落ちて、眩しさに目を閉じた時、
ジープの軋む音と共に、黒い影が覆う。
まるで白雨の境。

「僕に雨も晴も連れて来る、大切な人」
「雨?雨じゃ駄目じゃん?」
「いいえ。雨は僕の心を潤沢にする、あなたの唇」

悟浄の頬にそっと手を添えて口付けるのは、八戒の濡れた唇。

「…八戒?」
「あなたに見つめられると、とても気持ちが好いのです。僕を見つめて、キスをして?」
「欲しいだけ、してやるよ」

朝の空気と太陽の中で、二人は情愛の白い雨に濡れる。



fin.



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2007.1.31


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