仕 掛 花 火


「天蓬。ちょっと付き合えよ」

扉を開けるなり、そんな高圧的な態度で僕を手招いてそれから、はっとした様に茶色の紙袋をがさがさと後ろ手に隠した。余程に大切な物が仕舞われて居るのだろうか。
失念の領域に入り込んだ捲簾を、僕は初めて見た。

「何処にですか?それから、その紙袋は何ですか?」
「細かい事は気にするな。行くのか?行かねぇのか?」
「行きません」

捲簾の不審に因って、読み掛けの文字が、何処まで進められて居たのかをすっかり忘れてしまい苛立った僕は、白衣の襟を立てて可能な限りに音を遮断し、幾ページかを逆戻りして漸く、元の文字まで辿り着いた。
その間も、開けられたままの扉からは風が流れ込んで来て、何時までもそんなに愚図愚図としている筈は無いのに、と顔を上げると、矢張り其処に捲簾の姿は既に無く、敷居の上に一本の缶ビールが置き去りにされて居るだけだった。

「捲簾?」

僕の呼び掛けに応じたのは、窓の外からの発光。
書物を閉じ、缶ビールを手にしてから窓を臨むと、紫色と橙色と朱色の火花が、丁度窓硝子の向こうで咲き誇り、次第に形を失わせて居る所だった。

「捲簾。貴方何をして居るのです?」
「見りゃ解るだろ?花火だよ。…おい、次はコイツだ。全部纏めて点けちまえ」

餓鬼大将の顔をして数名の部下を引き連れ、態々僕の部屋の真下で花火を始める捲簾に、僕はどうしてこんなに惹き付けられてしまうのだろうか。どうして、こんなに。
僕が窓の縁に腰を掛けて、缶ビールのプルダブを起したのを見定めて、捲簾は十数本もある打ち上げ花火をずらりと並べ、部下達に指示を与えて自らも煙草の火を唇から外した。

「よし!一斉に点火しろ!」

果して日頃の訓練の賜物なのか、それとも捲簾を慕う余りの所業なのか、大層に手際良く何本もの導火線に火を灯し、ちりちりとその時へ近付いていくのを、嬉々とした同じ様な顔を並べて待って居た。
然し捲簾は再び煙草を銜え直すと、花火の方角から全く顔を反らして窓の上の僕を見つめ、
そして笑った。



しゅうしゅうと盛大に火花を上げる音と、禍々しいまでの色彩、眩いばかりの発光、挙句終わりには、ぱりん、と砕け散る音までさせた花火大会は、その騒々しさに慌てた公安軍に因って強制終了させられてしまった。
首謀者である捲簾は公安軍舎へと連行され、治安維持法違反と器物損壊罪の始末書を書かされてから、当然の様な顔で僕の部屋を開けた。
そして相変わらず窓際で涼む僕の背を抱いた。

「馬鹿を通り越した貴方には、言葉も出ませんねぇ」
「うるせぇ。放っとけよ」
「あんなに何本も一度に火を噴いては、そりゃあ公安も飛んで来ますでしょう」
「態々元帥閣下が御観覧下さってるんだ。派手に打ち上げなきゃ申し訳ねぇだろう?」

首許に巻き付いた捲簾の両腕を払って向き直り、其処に変わらずに在る笑顔を眺めるにつれて、ほんの僅かで終わらされてしまった花火大会が、惜しい様な気持ちになった。
季節も無く時間の流れも滅多には意識しない此の場所で、あの時はこうだった、この時はどうだった、と、後に思い返せる時間を仕掛け与えてくれる捲簾が愛おしく、一瞬で熱く燃え、燃え尽きて儚く夜霧に消える花火が、僕達のこの先を暗示して居なければ良いと、そう思った。

「捲簾。手持ち花火は無いのですか?」
「在るぞ」
「此処で質素に花火大会を続けましょうか」
「ああ。そうだな」

そしてにやりと笑う捲簾。企んだ顔と慈しみの表情を同居させる希有な人。

「捲簾。愛して居ます」
「ああ。知ってる」

淡々と僕を受け入れ躱す捲簾。誑かす言葉と寵愛の唇を持ち合わせる風変わりな男。

硝子製の灰皿の上を二本の花火がぱちぱちと燃え尽くすまで、それだけしか交わした言葉は無く、折角の花火も殆ど直視はされずに居た。互いの瞳に反射する光だけが花火の風情で、そんな無駄な日が、何時までも続いて行くのだろうか。

「もうじき消えてしまいますねぇ」
「いや。消さねぇ」

捲簾は、萎み始めた火の花で新しい一本を着火させ、それも消えかかった頃にもう一本、そして紙袋の中味がすっかり空になってしまうまでずっと、花火を繋ぎ合わせた。
然し最後の一本が尽きてしまうと、余韻も残さずに水を掛けた。

「今日の花火大会は以上だ」
「今日?」
「ああ。明日もやるぞ」
「貴方。始末書をまた書きたいのですか?」
「何枚書かされようと、花火が燃えるだけ、続けるぞ?」

華々しくない終わりは気が滅入るものだが、呆気なさ過ぎる結末は、次の時へ繋げる歓楽を含み、捲簾自身の口からもその確証を得られた僕は、不思議に昂揚した。

「貴方が勝手に楽しむのは構いませんが、明日は部屋の窓硝子、割らないで下さいね」

そう云って膝に下りる僕を、捲簾は待ち切れない様に強く手を引いて、抱き締めた。
火薬の不具合で、高く飛び上がった花火の筒が損壊した窓硝子からは、煙も綺麗に逃がしてくれたが、漏らさずに置きたい声も、音も、少しずつ流していった。



「天蓬。愛してる」

捲簾の声で届いた仕掛花火は、未だもう少し、続く。



fin.



捲天でも残暑お見舞い申し上げようと思って居たのに、すっかり放置状態でした orz
たまにはこんなメロウな物も書いたりしますが、ちょっぴり照れるので、拍手にこっそり。

拍手を有難うございました!!


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