お腹が空いたと騒ぐ天蓬に、さて、何を与えたら良かろうか。 機嫌と気候と記憶が複雑に絡まり合う天蓬の食欲は、その場その時に相応しい物を捧げてやらなければ、途端にまったくゼロの位置まで戻ってしまう。 人は大概、肉が食べたいと思って居て魚が食卓に上ってしまっても、零すのは溜息だけで仕方なしにも養分を摂取するものだが、天蓬の場合、それだけで三要素のうちの『機嫌』の総てが損なわれ、ぷい、と食卓から離れて再び書に耽る。愚図る言動は何も無しで、唐突な事だ。 そして次には『気候』だが。 これは何時も適度な晴天を望む天蓬が、そうだと感じられるとそれで終う。筈なのだが。なかなかどうして気難しい。 採光が多過ぎるので不味そうに見えます、と言ってみたり、こんな寒い日に温い料理など、貴方の舌はどうかして居ます、と宣ってみたり。もう面倒だから、雛鳥にでも変化させてやりたくもなる。ぴいぴいと鳴いて、噛みしだいた食物を流し込んで満腹したら転寝る様な、そんな動物としての単純さ。 小賢しい僕こそが好みなのでしょう、と頬笑まれると、窮するが、時にはそんなシンプルさが在っても良い。 「だったら何が喰いたいのか云えよ」 「“喰いたい”物などありません」 「じゃあ、何でも良いんだな」 「何でも構いませんが、出来れば…」 『記憶』の渦に堕ちて行った。確かこんな味の何かが在った筈。今はそんな風味を求めて居る。けれどそれは何時、何処で、どうして食したものか。蜘蛛の巣状に張られた天蓬の記憶は、その時点から迷妄をし始める。こうなってはもう、食欲は完全に減退した。 「天蓬。てーんぽー!!」 「…っ!捲簾!?耳許で大きな声を出さないで下さい!!」 「メシ。出来たぞ」 「ああ。僕は結構……貴方、何を……?」 「もうお前を知的動物と認識する事は止めた。雛だ」 「雛?」 「ああ。雛鳥。俺が食卓から狩って来た餌を、口移しで分け与えてやる」 ますます、食欲からは遠ざかってしまうのに。 fin. 新しい拍手レスを設置した時に、長文テスト用に書いたのですが、案外と纏まり尚且つ拙宅には珍しいバカップル捲天で上がったので、お礼にアップ。 拍手の応援、本当に有難う御座居ます!! 2006.11.15 |