「お前、どうして元帥になれた?」 「実力ですが、何か問題でも?」 僕がそう答えると捲簾は、漸くふたりの間の語弊に気がついて、表情を俄に緩ませて、いや、そういう事じゃねぇんだ、悪かった。と首を垂れた。 「朝っぱらから何の喧嘩を売られたのかと思いました」 「お前の実力は俺が一番良く知ってる。人嫌いのお前が何故、元帥に抜擢されちまったかを聞きたかった」 そして僕の軍服の襟元を人差し指でするりと、撫でた。 軍服には本来、階級を示すべき襟章を佩用する場所が在る。 然し僕はこれまでの一度も、その場所に刺した事は無い。尤も、所持して居ないのだから刺したくとも刺せはしないのだが。 西方軍元帥の襟章は、桜の花を象った簡素なものだが、然し、それは六枚の花弁で成る、あやかしの桜。 僕の前任者である龍猛(りゅうみょう)元帥が、それまでの枝垂桜から刷新した。当時は相当に物議を醸し、まるで謀反人の様にも例えられたが、当事者の龍猛元帥は少しも意に介さず、俺も有名になったもんだ、と、からから笑うだけだった。そしてある日、僕が総大将を拝命した折、序でとばかりに所以を尋ねてみる事にした。 「元帥。西方軍の桜は何故、六枚なのでしょうか?」 「何だ。お前さんも無いもの、見えないものは気味悪がる質か?」 「いいえ。僕はこの桜、好きですが」 「何でも多けりゃ多いほど、良いんだよ」 笑った拍子に滑り落ちてしまわない様にと、煙草の白いフィルターを噛み締めながら、そう云った。 「それから間もなく龍猛元帥は天界を捨て、俗人となる為に下界へ去りました。 僕に西方軍の全権を引き継がせる事、という一文と、一枚だけ花弁を残して」 「惚れた女でも出来たか」 「ええ。その様ですよ」 そして執務机から取り出した、真鍮の花弁を捲簾に手渡した。酸化し輝きはとうに失せてしまったが、 その奥に本来の黄金を潜ませ、何時かまた、一輪となれる日をじっと静かに待って居る。 「天蓬」 「はい?」 「これは花弁じゃねぇ。葉だ。ほら。葉脈が薄く走ってる」 捲簾の手の平に載る、僕はたったの今まで何年も…、否、僕だけでは無い。天界中が花弁だと思っていたものに目を凝らすと、それは確かに葉脈が末広がりに痕を成し、緑に着色してしまえば、誰がどう見ても、葉に思える代物だった。 「…あの偏屈元帥に、最後の最後まで騙されました」 「いや、流石だな、お前の師匠は」 腹部を折り曲げて、瞳を潤ませてまで笑う姿に段々と苛立が募る。 「捲簾。もう話したく在りません。彼方へ行って下さい」 八つ当たりだと無論解って居る。僕に見えなかったものが捲簾には見えた。見知も会話も無い捲簾がたったひと時に龍猛元帥も、龍猛元帥の理をも見つけ出した事に憤った。が、同時に、嬉しくも在った。 「貴方と龍猛元帥は、さぞや話が合うでしょうねぇ」 「話も合うし、趣味も合うだろうよ」 「ああ。女好きですしねぇ」 態と刺々しい声色で揶揄した積もりだが、表情の綻びは隠し切れなかった様だ。 捲簾はふっと瞳を緩ませて僕を抱き、そしてこう云った。 「お前のそういう顔を好きな所が、合うだろう」 「そういう顔とは?」 「憎々しい顔で、綺麗に笑う所だ」 重ねられた捲簾の唇は温かく、常ならば尚早に入り込んで来る舌も無く、 本当にただ重ねるだけだったが、その間をずっと、開いた眼が覗いて居た。 「何故僕を見て居るのです?」 「お前こそキスの間は目を閉じろ」 「ええ。解りました」 「閉じるな」 「…貴方。僕をどうしたいのです?」 「ずっと咲いてろ。雑種でも異種でも何でも良い。兎に角、枯れて無くなるな」 そうして頷く僕の唇は、桜色に濡れて行った。 fin. 前任者の名前は捏造です(笑)もしも私の記憶して居ない所で明かされていたなら御免なさい(ぺこり) 拍手の応援、本当に有難う御座居ます!! 2007.1.31 |