覚 醒


※捲天/天捲ですが、年齢制限的表現は(殆ど)在りません。
 また、序章部分に相違は御座居ませんのでどんどんお進み下さい(笑)



「俺に抱かれるか、俺を抱こうか」
「貴方は…どちらを望みますか?」


《序章》


何度擦っても細めても夢現つな眼を瞬かせて、ベッド脇の置き時計を持ち上げ間近に寄せる。
長針は真上、短針が円形の文字盤、右半分に寄っているのを、
凡そ確認出来た程度だが、既に全くの遅延で在る事だけは明らかで、

「ああ、寝過ごしてしまいましたか」

誰に確認するでも無しに呟いた。

「ああ、そうだな」
「貴方は…捲簾大将?」
「左様ですが、何か御不審でも御座居ますか、天蓬元帥?」

在る筈の無い返答と、手渡される筈の無い僕の眼鏡に僅か驚き、然し小さく会釈をしながら受け取って掛けた後、不躾な視線で声の主、捲簾を眺めた。
僕のダブルベッドの、僕の躯の右側で、自らの右腕を枕にして上位から視線を落とす捲簾は、逞しい筋肉の姿態を露にしていた。
腰部から下は、ベッドスプレットに包まれていて定かでは無いが、 上半身だけ無防備で、下半身は完全防備という出で立ちに眠る者は、そう多く無いと推測する。
したがって、それは、つまり……


「僕に何かをしましたか、貴方」
「ひでぇな。まるで俺が夜這に来たみてぇじゃねぇか」
「僕が貴方の寝込みを襲ったのであれば、ここは貴方の部屋で在るべきです」
「尤もだが…」
「そして貴方は全裸で眠る習慣が?少なくとも僕にそんな習慣はこれまでありませんでしたが、何故かしら今はその様な現状です」

捲簾はにやり笑うとベッドから起きあがり、言った。

「同じベッドで全裸のふたりが為すべき事は、ひとつしか無ぇだろう?」

ああ、何て事だろうか。



《惑乱/捲天》


僕は遂に捲簾に抱かれてしまったらしい。
昨晩は誘われるままに酒を酌み交わし、饒舌に語る捲簾の笑顔にふらりと悪戯心が沸いて来て

「捲簾大将。僕をどうにかしてくれませんか?」
と言った。気抜けた表情が明らかな演技で在る事は明白、口許だけが真実を指し示す。杯を一度に空け、ことりと机上に載せた捲簾の、俯いて再び上げる視線が荒々しい。
これまでも何故かしら訴える瞳を向けていて、送った僕自身が驚かされる事が何度か在った。それをどのように扱って良いのか、またはどんな解消の手立てを持つものなのか、果ては、何を求めているのだろうと、疑点の始まりさえ見つけられずに、視線が定まらない時を重ねた。

『…変な顔するなよ、天蓬』

捲簾は決まってそう言い、小首を傾げて可愛い仕草の振りをする。そうすると途端に僕は懊悩する事が面倒になって、序でに返答をする事も億劫な加減を、一度開きかけて戻す唇に表した。ただ混迷した、という不快感だけは心に残して、現実開かれている世界の、白いページに黒い文字の虚構へと閉じて往く。

それを今、どうにかしてくれと、捲簾に委ねてみた。

「どうにか、とは、どっちだ?」
「どっち?」
「…迷った眼を俺に向けるな!」

僕が手にしていた杯を払い除け、ぱしゃんと散らばる音に眼を向けている顔を、正面に戻す捲簾の両掌は冷たかった。

「貴方、何を……」
「お前が迷う顔は、惑わされる。もう二度とするな」
「僕が貴方の何を惑わせると言うのです?」
「お前は俺に抱かれて悦ぶのか、泣くのか、判断がつかなくなる」
「……どちらだと、思います?」

捲簾の瞳も、深い所で揺れている事を、僕は初めてその時気が付いた。

「…ああ、そうか。もう分った」

捲簾も僕の言葉少ない瞳から、気が付いた。

「ええ。それは良かった」

そうして微笑み合った後に訪れる沈黙は、やがて狂態を知る。



「同じベッドで全裸のふたりが為すべき事は、ひとつしか無ぇだろう?」

ああ、何て事だろうか。僕の惑いがすっかりと消えてしまっている。
誰かに醒まされるのは遺憾だが、少し、心地が好いとも思える。


汝、惑う事なかれ。



fin.



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